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●雑誌掲載記事
◆巨匠性を示したドビュッシーの「前奏曲集」
栗山和:ピアノと音楽の専門誌「ムジカノーヴァ」1999.6
桐朋学園大学、パリ国立高等音楽院で学び、ヴィオッティ・コンクールなどいくつかの国際コンクールに入賞、独奏活動のほか、国内外のオーケストラと協演を重ねてきて、着実に実績を築き上げてきているピアニスト菅野潤を聴く。ハイドン、モーツァルト、ドビュッシーの作品で力量を世に問うた。
ハイドンの「アンダンテと変奏」では端整な古典的精神で貫かれ、各声部の音質に変化を持たせるなど、余裕のある技巧を見せ、ソナタ第四十九番変ホ長調では堅固な構成力を聴かせてくれたが、なお歯切れよいアーティキュレーションも望まれる。モーツァルトのロ短調のアダージョではあたかも恋人同士の語らいを聴く思いがするほどの佳演。
ソナタ第十六番変ロ長調では一音たりとも疎かにせず、緊張感を保つと同時に、それがもつ優雅な装いを描いた。ただ現代ピアノで古典派の作品を弾く場合、いくつかの解釈が並存する。古楽器の復活なども時代の趣味として、演奏する際、考慮にいれてもよいかもしれない。
後半はドビュッシーの「前奏曲集」第二巻の全曲。菅野は前半のどちらかというと感情を抑制した演奏から、ここではもてるものすべてを出し切ったように思われる。「霧」ではデリケートな響きを支配し、「枯れ葉」では立体感を覚えさせ、「ビーノ」では幻想から生まれた風景を眼前に描き出す。「妖精」では指の運動が楽しめたし、「ヒース」では多層の響きを融合させ、「ラヴィ-ヌ」では異質なアーティキュレーションを巧みに使い分けた。・・・・・・「花火」では巨匠性をいやが上にも発揮した。このように彼のドビュッシー解釈は逸品と称して差し支えなかろう。
<1999.4.20/紀尾井ホール>
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