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●DATEBITO ESSAY

◆東西雑感

菅野 潤

 この秋で、フランス政府給費留学生としてヨーロッパに渡って丁度二十五年になる。四半世紀と思えば長い年月には違いないが、経ってしまえば本当に速いものだ。
 一九七八年は宮城県沖地震の年で、その春に成田に新空港が開港したのだが、東北新幹線は未だ開通せず、外国はおろか、東京も遠かった。支倉常長一行の行き帰り七年を要した旅には比ぶべくもなく、先輩達の四十日の船旅の果てに辿り着いたヨーロッパとも違う感慨であろうが、モスクワ、又はアンカレッジを経由してようやく到着するヨーロッパとの距離感は、現在とは格段の違いがあったように思う。故国との通信手段も、インターネットはもとより、ファックスもまだなく、航空便の手紙と、それでもごくたまに電話がかけられるだけ、それ以前と比べると恵まれていた。
 フランスは、ジスカールデスタン大統領のもと、新技術の導入、交通網の整備など国の現代社会への適応に努めつつも、古めかしさを残し、失業問題は深刻であったし、入学したパリ国立音楽院の設備の質素さにも驚かされたものだ。わが国も東京五輪、大阪万博を終えて自信をつけ始めていた時期であったので、戦後の復興期に留学した先達のように劣等感に押しひしがれることも少なく、八十年代後半によく聞かれた、遅れたヨーロッパを見下すようなおごりに捉われることもなく、比較的冷静にヨーロッパと向き合えたのかも知れない。
 旧態依然としてはいたが、思想界ではサルトル、アロン、またシャガール、メシアン等もまだ健在で、音楽をはなれても、時代の動きに敏感で、遠い国での出来事にも反応するパリでの暮らしは刺激に満ちていた。イラン革命からやがて東欧の自由への胎動が始まり、友人らと夜更けまで果てしない議論をしたものである。また、それぞれ専門の違う同邦と語り合えば、やはり最後は故国の現状をめぐっての話題となった。

 以来時は流れ、八四年に南伊シチリア島で初めてのリサイタルを行って以来、十八ヶ国で数百回の演奏会を持った。ここのところ、ヨーロッパと日本を頻繁に行き来する暮らしとなっている。
 東西の距離は確かに縮まったし、人の真情に変わりはない、というのが私の実感である。
 今、先進諸国は社会の高齢化という共通の問題を抱えている。この夏の炎暑でフランスでは数千人を超す高齢者が犠牲になったと伝えられ、世代間の連帯の欠如に反省が生まれているが、これを遠い異国の事と看過することは出来まい。年金制度の改革や、出産奨励策をとることは当然だが、何より、伝統に根ざした、しかも新しい家族の型がもとめられよう。
 「文化国家」など、「文化」は耳ざわりの良い戦後の合言葉のようになって今日に至っている。とどのつまりは、文化とは、アイデンティティーを持って人間らしく生きるための拠りどころではなかろうか。言いかえれば、人が人たるゆえんであろう。その礎は言葉であり、生き方そのもの、芸術なども、その様々な形での表現であると考える。
 帰国する度に目につき、驚かされるのは、我が国の若者中心の消費文明である。盛り場、行楽地にあふれる青少年、一方でいわゆるフリーターなど、定職につかない若者が増大している。厳しいヨーロッパの社会なら、彼らはたちまち路頭に迷うであろう。片や大人達は仕事に追われ、教育費−ちなみに、欧州大陸諸国では教育費は原則として無料である−に家計を圧迫され、まったく余裕がない。
 国破れて山河あり、のはずが、田園は無惨にも破壊され、占領期以来の遺産を引きずったまま、教育は荒廃してしまった。
 ここで目を覚まし、青少年の現状も我ら大人の責任と認めた上で、彼らに媚びることなく、新しい時代にふさわしい、世代間の絆に結ばれた、しかもゆとりある生活の様式を創り出すべき時ではなかろうか。それこそが真の文化の振興につながると信じている。
 東北の人口、および経済の規模は、金融を除けば、ほぼスイス一国に匹敵するとのことである。まだまだ豊かな自然に恵まれ、縄文期以来の文化の重層性を持つこの東北が、自信を持ち、日本の新生のさきがけとなれば、というのが私の願いである。

(宮城県文化情報誌「伊達人」秋季号2003.Vol.43より転載)


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